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トモダチ繋がりで、BJ先生の交友関係についても考えてみました。
基本的にBJは人に心を許すことが余りない気がする。それでも、人と係わるのが嫌いな訳ではない。
むしろ、心の底では人と繋がりたくてしょうがない、不器用な寂しがりやさんに思える。
事故の前は、どんな子供だったのかな…。どうも元から、身体が不自由っぽいのだけど(車椅子に乗ってる描写から)。
もしかしたら劣等感とか色々あって、素直になれない不器用さも、元々の性格だったのかもしれないと勝手に推測。
更に、母を失って以来、復讐にとりつかれ益々心を閉ざしていく。
傍目からも、それは恐ろしく映るだろうな。
誰もかれも気味悪がってとBJは言うけど、容姿で判断されて損というより、纏う気が人を遠ざけていたのじゃないかな。
意外と、達観した爽やかスマイルでも浮かべていれば、人は集まってきたかもしれないよ……って、別の意味で怖いか(笑)
理解されたいけれど、自分から歩み寄るのを諦めるようなスタンスは早々に出来上がったと思われる。
そういう人間を真に理解しようとするのは難しい。
だからBJの周りに集まる人間は限られてくる。
BJの友達というと、まず浮かぶのがタカシ、間久部、ゲラ、トリトン(シャチだけど)。
互いに孤独な境遇の中で支え合い、かなり近い部分まで心を寄り添わせた友人達だと思う。
でも。……みんな死んでいる_| ̄|○ il||li
何度も絶望を贈られちゃっているBJ。これはキツイ。
失う位なら、傷付かないように距離を置かなければと更に頑なになる原因になったのかもしれない。
あとは、辰巳先生と手塚先生。
こちらは多分、物凄いお節介だったりお人よしだったり、博愛主義っぽいタイプ。
人を寄せ付けないBJも、いつの間にか自然にペースに巻き込まれてしまう。
「こういう付き合いが出来る人間っていいな」と密かに羨ましく思ったりしてるかもしれない。
一番、長続きしそうな距離感の友人な気がする。
そして、友人とは言い難いかもしれないけど、Dr.キリコ。
少年漫画では絶対に外せない宿命のライバルの立ち位置。
『友』とは、志を同じくする人。全く真逆の方法を信念とする二人だけど、根底にある
『人を救いたい』という思いは同じ。
少年漫画らしく取っ組み合いの殴り合いとかをして…
「お前、結構やるな」
「お前こそ」
「あははははははは」
という風に互いを認め合うことは出来ないものか(←無理)。
高い金を積んででも天命に逆らおうとする人間がいる限り、本人や周囲が望む通りの
救いの形を与える事に単純に善悪や優劣はつけられないだろう。
いや、本当は互いに理解していながら、つっかかるのかな?
この辺の考察は、他のキリジャ研究者様方には遠く及ばないので下手なことを書かないでおこうっと(←十分、下手なこと書いてる)
『同性相親しむ』←うっかり『同性愛親しむ』に変換されそう(爆)
同じ性質の人同士は仲良くなるものだという意。
やはりBJの周りには、苦痛や孤独を知る者が多い。
でも理解出来るだけじゃなくって、明るい方へぐいぐい引っ張り上げる力を持つ人が
傍らに必要なんだよね。
その役割を果たすのは?
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特徴、物忘れが激しい上に、のんびり屋。